首相動静(4月15日) 時事通信 4月16日(土)0時5分配信
午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
午前8時3分、公邸発。同5分、国会着。同6分、院内大臣室へ。同26分、閣議開始。 午前8時33分、閣議終了。同34分、院内大臣室を出て、同35分、国会発。同37分、官邸着。同38分、執務室へ。
午前8時45分、枝野幸男官房長官が入った。
午前8時58分、枝野氏が出た。
午前9時48分、執務室を出て、同50分、官邸発。同52分、国会着。同53分、参院議長応接室へ。同57分、同室を出て参院本会議場へ。同10時1分、参院本会議開会。 午前10時12分、参院本会議を途中退席し、同13分、国会発。同15分、官邸着。同16分、執務室へ。
午後0時50分から同1時8分まで、枝野官房長官、仙谷由人、福山哲郎、滝野欣弥各官房副長官。
午後2時2分、執務室を出て、同3分から同30分まで、小ホールで福島県農業協同組合中央会(JA福島中央会)の庄條徳一会長ら。渡部恒三民主党最高顧問ら同席。同31分、執務室へ。
午後2時32分から同50分まで、篠原孝農林水産副大臣。
午後3時1分、執務室を出て、同2分から同21分まで、小ホールで橋本昌茨城県知事ら。同22分、執務室へ。
午後3時57分から同4時29分まで、阿久津幸彦内閣府政務官。
午後4時30分から同49分まで、近藤昭一環境副大臣。同6時7分から同41分まで、藤崎一郎駐米大使。
午後6時42分、海江田万里経済産業相、細野豪志首相補佐官が入った。
午後7時42分、海江田、細野両氏が出た。
午後8時10分、執務室を出て、同11分、官邸発。同12分、公邸着。
16日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110416-00000000-jij-pol
2011年04月16日
2011年04月15日
首相動静(2011年4月14日)
首相動静(4月14日) 時事通信 4月15日(金)0時4分配信
午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
午前8時59分、公邸発。同9時、官邸着。執務室へ。
午前10時24分から同43分まで、植松信一内閣情報官。
午前11時51分、加藤公一民主党衆院議員が入った。
午後0時23分、加藤氏が出た。同24分から同45分まで、安住淳民主党国対委員長。
午後1時42分から同51分まで、福島県川俣町の古川道郎町長、佐藤喜三郎町議会議長。福山哲郎官房副長官同席。同59分、執務室を出て、同2時、大会議室へ。東日本大震災復興構想会議開始。
午後4時35分、同会議終了。同36分から同43分まで、佐藤雄平福島県知事。同44分、大会議室を出て執務室へ。同53分、民主党の岡田克也幹事長、玄葉光一郎政調会長、安住国対委員長、輿石東参院議員会長が入った。
午後5時、枝野幸男官房長官が加わった。同57分、岡田、玄葉、輿石、枝野各氏が出た。同6時、安住氏が出た。
午後6時55分、執務室を出て、同56分、官邸発。「きょうの復興構想会議は有意義なものになったか」に「大変有意義ないい話が聞けた」。同57分、公邸着。
午後8時19分、馬淵澄夫首相補佐官が入った。
午後8時30分、細野豪志首相補佐官が加わった。同9時7分、馬淵、細野両氏が出た。
15日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110415-00000000-jij-pol
午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
午前8時59分、公邸発。同9時、官邸着。執務室へ。
午前10時24分から同43分まで、植松信一内閣情報官。
午前11時51分、加藤公一民主党衆院議員が入った。
午後0時23分、加藤氏が出た。同24分から同45分まで、安住淳民主党国対委員長。
午後1時42分から同51分まで、福島県川俣町の古川道郎町長、佐藤喜三郎町議会議長。福山哲郎官房副長官同席。同59分、執務室を出て、同2時、大会議室へ。東日本大震災復興構想会議開始。
午後4時35分、同会議終了。同36分から同43分まで、佐藤雄平福島県知事。同44分、大会議室を出て執務室へ。同53分、民主党の岡田克也幹事長、玄葉光一郎政調会長、安住国対委員長、輿石東参院議員会長が入った。
午後5時、枝野幸男官房長官が加わった。同57分、岡田、玄葉、輿石、枝野各氏が出た。同6時、安住氏が出た。
午後6時55分、執務室を出て、同56分、官邸発。「きょうの復興構想会議は有意義なものになったか」に「大変有意義ないい話が聞けた」。同57分、公邸着。
午後8時19分、馬淵澄夫首相補佐官が入った。
午後8時30分、細野豪志首相補佐官が加わった。同9時7分、馬淵、細野両氏が出た。
15日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110415-00000000-jij-pol
2011年04月14日
首相動静(2011年4月13日)
首相動静(4月13日) 時事通信 4月14日(木)0時14分配信
午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
午前8時59分、公邸発。同9時、官邸着。同1分、執務室へ。
午前10時、執務室を出て、同1分、大会議室へ。同2分から同34分まで、月例経済報告関係閣僚会議。同35分、同室を出て執務室へ。
午前11時5分から同30分まで、松本健一内閣官房参与。
午後2時から同26分まで、今野東民主党宮城県連代表ら。同28分、岡田克也民主党幹事長が入った。
午後3時3分、岡田氏が出た。同4分、斎藤勁民主党国対委員長代理が入った。
午後3時40分、斎藤氏が出た。
午後4時15分から同45分まで、笹森清内閣特別顧問。午後5時から同32分まで、松本剛明外相、海江田万里経済産業相、外務省の西宮伸一外務審議官、八木毅経済局長、経済産業省の岡田秀一経済産業審議官、細野哲弘資源エネルギー庁長官。
午後6時から同46分まで、田坂広志内閣官房参与。同52分、執務室を出て、同53分、官邸発。同54分、公邸着。同55分、亀井静香国民新党代表、北沢俊美防衛相が入った。
午後8時5分、亀井、北沢両氏が出た。
14日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110414-00000000-jij-pol
午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
午前8時59分、公邸発。同9時、官邸着。同1分、執務室へ。
午前10時、執務室を出て、同1分、大会議室へ。同2分から同34分まで、月例経済報告関係閣僚会議。同35分、同室を出て執務室へ。
午前11時5分から同30分まで、松本健一内閣官房参与。
午後2時から同26分まで、今野東民主党宮城県連代表ら。同28分、岡田克也民主党幹事長が入った。
午後3時3分、岡田氏が出た。同4分、斎藤勁民主党国対委員長代理が入った。
午後3時40分、斎藤氏が出た。
午後4時15分から同45分まで、笹森清内閣特別顧問。午後5時から同32分まで、松本剛明外相、海江田万里経済産業相、外務省の西宮伸一外務審議官、八木毅経済局長、経済産業省の岡田秀一経済産業審議官、細野哲弘資源エネルギー庁長官。
午後6時から同46分まで、田坂広志内閣官房参与。同52分、執務室を出て、同53分、官邸発。同54分、公邸着。同55分、亀井静香国民新党代表、北沢俊美防衛相が入った。
午後8時5分、亀井、北沢両氏が出た。
14日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110414-00000000-jij-pol
2011年04月13日
首相動静(2011年4月12日)
首相動静(4月12日) 時事通信 4月13日(水)0時20分配信
午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
午前9時5分、公邸発。同7分、国会着。同8分、院内大臣室へ。
午前9時17分、閣議開始。
午前9時28分、閣議終了。
午前9時29分、海江田万里経済産業相、枝野幸男、福山哲郎正副官房長官、細野豪志首相補佐官が入った。
午前9時54分、海江田、細野両氏が出た。同10時1分、枝野、福山両氏が出た。同3分、院内大臣室を出て、同4分、国会発。同6分、官邸着。同7分、執務室へ。
午前11時46分から午後0時まで、植松信一内閣情報官。同30分から同40分まで、寺田学民主党衆院議員。同52分、執務室を出て、同53分、官邸発。同54分、国会着。同56分、衆院本会議場へ。同1時2分、衆院本会議開会。同7分、本会議散会。同8分、本会議場を出て、同9分、国会発。同11分、官邸着。同12分、執務室へ。同13分、野田佳彦財務相、財務省の勝栄二郎事務次官、古谷一之主税局長が入った。
午後1時26分、全員出た。
午後1時42分、与謝野馨経済財政担当相が入った。午後2時1分、与謝野氏が出た。
午後2時11分、松本剛明外相、北沢俊美防衛相、枝野官房長官、梅本和義外務省北米局長が入った。
午後3時1分、松本、枝野、梅本各氏が出た。
午後3時2分、福山官房副長官、伊藤哲朗内閣危機管理監が加わった。同41分、全員出た。
午後4時から同34分まで、中国の温家宝首相と電話会談。松本外相、杉山晋輔外務省アジア大洋州局長同席。
午後4時38分、枝野官房長官、仙谷由人、福山両官房副長官、寺田民主党衆院議員が入った。同53分、仙谷氏が出た。同5時40分、全員出た。
午後5時48分、執務室を出て、同49分、記者会見室へ。同50分から同6時42分まで記者会見。同43分、記者会見室を出て、同44分、執務室へ。同45分、片山善博総務相が入った。
午後6時54分、片山氏が出た。
午後7時24分、執務室を出て、同25分、官邸発。同26分、公邸着。
13日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110413-00000001-jij-pol
午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
午前9時5分、公邸発。同7分、国会着。同8分、院内大臣室へ。
午前9時17分、閣議開始。
午前9時28分、閣議終了。
午前9時29分、海江田万里経済産業相、枝野幸男、福山哲郎正副官房長官、細野豪志首相補佐官が入った。
午前9時54分、海江田、細野両氏が出た。同10時1分、枝野、福山両氏が出た。同3分、院内大臣室を出て、同4分、国会発。同6分、官邸着。同7分、執務室へ。
午前11時46分から午後0時まで、植松信一内閣情報官。同30分から同40分まで、寺田学民主党衆院議員。同52分、執務室を出て、同53分、官邸発。同54分、国会着。同56分、衆院本会議場へ。同1時2分、衆院本会議開会。同7分、本会議散会。同8分、本会議場を出て、同9分、国会発。同11分、官邸着。同12分、執務室へ。同13分、野田佳彦財務相、財務省の勝栄二郎事務次官、古谷一之主税局長が入った。
午後1時26分、全員出た。
午後1時42分、与謝野馨経済財政担当相が入った。午後2時1分、与謝野氏が出た。
午後2時11分、松本剛明外相、北沢俊美防衛相、枝野官房長官、梅本和義外務省北米局長が入った。
午後3時1分、松本、枝野、梅本各氏が出た。
午後3時2分、福山官房副長官、伊藤哲朗内閣危機管理監が加わった。同41分、全員出た。
午後4時から同34分まで、中国の温家宝首相と電話会談。松本外相、杉山晋輔外務省アジア大洋州局長同席。
午後4時38分、枝野官房長官、仙谷由人、福山両官房副長官、寺田民主党衆院議員が入った。同53分、仙谷氏が出た。同5時40分、全員出た。
午後5時48分、執務室を出て、同49分、記者会見室へ。同50分から同6時42分まで記者会見。同43分、記者会見室を出て、同44分、執務室へ。同45分、片山善博総務相が入った。
午後6時54分、片山氏が出た。
午後7時24分、執務室を出て、同25分、官邸発。同26分、公邸着。
13日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110413-00000001-jij-pol
2011年04月12日
【官邸機能せず】(下)-産経新聞記事-
官邸機能せず(下)首相以下「惨敗」を無視 産経新聞 4月12日(火)7時56分配信
4月11日午後2時46分。1カ月前の同時刻に東日本を大地震が襲った。
首相官邸4階の大会議室では第15回緊急災害対策本部に先立ち、大型液晶画面に表示されたデジタル時計が時を刻んだ。
ピッ、ピッ、ピーン…。
時報に合わせて首相・菅直人や閣僚ら約80人は一斉に頭を垂れた。
「最愛の家族を失い、最愛のふるさとが被災したみなさんにお悔やみとお見舞いを申し上げたい。新たな日本を作り出すため、私も先頭にたって全力で頑張り抜く覚悟であります」
菅はこう力を込めた。
海外の被災者支援への感謝のメッセージも披露された。表題は「絆」。菅は「日本新生への道を歩み、国際貢献の形で恩返ししたい」と訴え、意外な言葉で締めくくった。
「まさかの友は真の友」
◆珍妙な論理
10日の統一地方選前半戦で民主党は惨敗した。昨夏の参院選後、連敗続きの菅政権はいよいよ追い詰められた感があるが、菅の頭に「退陣」の2文字はない。
官房長官・枝野幸男は記者会見でこう強弁した。
「民主主義のルールに基づき首相は職責を与えられた。内閣はその職責を果たしていくことに全力をあげるのがまさに筋だ」
民主党幹事長・岡田克也は党務委員長会議で珍妙な論理を繰り広げた。「負けは負けとしても公認・推薦の数え方の基準を作った方がよい」。公認候補だけでなく推薦した無所属候補も当選に数えれば、負けが薄まるというわけだ。
これには出席者もあきれた。41道府県議選で一つも第一党を取れず、岡田のお膝元・三重県知事選も惜敗した。勝数の勘定方法を変更しても負けに変わりない。さすがに国民運動委員長・渡辺周がかみついた。
「この1年半何をやったのかと言われている。政権のレーゾンデートル(存在理由)を示さなければならないのではないか」
◆党内に諦め
それでも岡田は諦めきれず記者会見で「公認候補の当選は12増」「三重県議選は全員当選」など“言い訳”を重ねた。進退を問われるとこう言った。
「責任は感じているが、辞めるのとは違う。何かあると『責任を取れ』という議論は生産的ではない」
党内には諦めムードが蔓延(まんえん)する。党役員会で出席者が「後半戦に向けメッセージを打ち出すべきだ」と訴えると参院議員会長・輿石東は冷ややかに言った。
「それはそうだが、どんな政策を訴えるんだ?」
■「ポスト菅」絡み合う思惑
「大震災で政局がすっ飛んだと喜んだらダメだ。うまくやらないと絶体絶命になる。野党は『次の首相ならば協力できる』と言ってあんたを追い込むぞ!」
3月11日の東日本大震災発生を受け、与野党が「政治休戦」で合意してほどなく、国民新党代表・亀井静香は首相・菅直人に電話でこう忠告した。だが、東電福島第1原発の事故対応に追われていた菅にまともに聞く余裕はなく「亀井さんは未来が分かるんですか?」とぞんざいに応じた。
亀井も菅の多忙は百も承知だ。それでも電話したのは、民主党で「ポスト菅」の動きが本格化しており、その中心にいるのが党代表代行の仙谷由人だと伝え聞いたからだ。
亀井は菅を評価しているわけではない。むしろその逆だ。郵政改革法案に冷淡だし、財政規律を重視する与謝野馨の経済財政担当相への起用も許せない。
それでも仙谷の動きは看過できない。しかも仙谷の念頭にある次期首相は「原理主義」とされる民主党幹事長・岡田克也だと聞く。このまま菅が追い込まれれば、国民新党も「お払い箱」になりかねない。
そう考えての忠告だったが、菅がその重要性に気づくのはしばらく後だった。
◆「自民と組むしか」
仙谷は1月の内閣改造で官房長官を降りると自民党副総裁・大島理森に急接近した。「裏方」「強面(こわもて)」「人情家」−。共通点の多い2人は意気投合し、酒を酌み交わしながら民主、自民両党の大連立を模索するようになった。
ただ、自民党は民主党政権と徹底抗戦してきただけに大義名分もなく大連立を組めば「無節操」とのそしりは免れない。大島はきっぱりと言った。
「首相が菅のままではとても協力できない…」
そんな押し問答が続く中、仙谷は3月17日に官房副長官として首相官邸に復帰した。かねて民主党が掲げる「政治主導」に限界を感じていたが、震災後の官邸の機能不全に愕然(がくぜん)とした。「官僚を使いこなし、復興をやり遂げるにはやはり自民党と組むしかない。そのためには…」
◆「2人で会いたい」
市民活動家出身で政界にコネはない。自分勝手で癇癪(かんしゃく)持ち。信望も薄い。そんな菅が首相の座に上りつめることができたのは特異な「嗅覚」を持つからだ。不穏な空気を感じ取った菅は機先を制する動きに出た。自民党総裁・谷垣禎一との直談判である。
3月19日、菅は谷垣に電話で「2人だけで会いたい」と持ちかけ副総理兼震災復興担当相での入閣を打診した。「2人」にこだわったのは仙谷に動きを悟られたくなかったからだろう。最後は谷垣の優柔不断な応対に逆上してしまい破談となったが、菅はそう簡単にはあきらめない。
「実践的で中身のある提案をいただき感謝します」
3月30日、谷垣らが官邸を訪ね、復旧・復興に関する提言を渡すと菅はいつになくへりくだった。同時に自民党との窓口役に岡田を指名し、閣僚増員でも協力をとりつけようとした。
それでも谷垣は慎重姿勢を崩さない。党内の意見は割れており、無理にかじを切ると自らが引きずり降ろされかねないからだ。
しびれを切らした菅は4月7日、官房長官・枝野幸男らを自民党本部に遣わした。政調会長・石破茂は「震災に与党も野党もないでしょ」と丁重に対応したが、枝野らが去ると胸をなで下ろした。
「ここに菅さんが来て『協議をよろしくお願いします』なんて言ったら大変なことになったな…」
◆透ける「小沢外し」
民主党も一枚岩ではない。元代表・小沢一郎に近い勢力は菅を即刻退陣させたいが、仙谷とは距離を置く。仙谷の「菅降ろし」の先に「小沢外し」が透けてみえるからだ。
さまざまな思惑が複雑に絡み合う上、有力な「ポスト菅」も見あたらない。自民党のような派閥がないため「数合わせ」もはっきりしない。仙谷とて党内を掌握するすべはない。これが大連立が浮き沈みを続ける要因となっている。
首相補佐官・藤井裕久は菅をこう諭した。
「民主党にも自民党にも政局屋はいる。批判されるのは仕方がないが、ここで辞めると政局になる」
菅は「わかっています」とサラリと応じた。辞める気はさらさらないようにみえる。大島はあきらめ顔で周辺にこうこぼした。
「仙谷は『結婚しよう』と迫ってくるくせに新居がないどころか、『イエス・ノー枕』さえ用意していないんじゃ!」
震災から1カ月。福島第1原発の放射能漏れは続き、被災地復旧のめども立たない。政界はいつまで我欲に満ちた権力闘争を続けるつもりなのか。(敬称略)
この企画は今堀守通、水内茂幸、斉藤太郎、杉本康士、村上智博が担当しました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110412-00000083-san-pol
4月11日午後2時46分。1カ月前の同時刻に東日本を大地震が襲った。
首相官邸4階の大会議室では第15回緊急災害対策本部に先立ち、大型液晶画面に表示されたデジタル時計が時を刻んだ。
ピッ、ピッ、ピーン…。
時報に合わせて首相・菅直人や閣僚ら約80人は一斉に頭を垂れた。
「最愛の家族を失い、最愛のふるさとが被災したみなさんにお悔やみとお見舞いを申し上げたい。新たな日本を作り出すため、私も先頭にたって全力で頑張り抜く覚悟であります」
菅はこう力を込めた。
海外の被災者支援への感謝のメッセージも披露された。表題は「絆」。菅は「日本新生への道を歩み、国際貢献の形で恩返ししたい」と訴え、意外な言葉で締めくくった。
「まさかの友は真の友」
◆珍妙な論理
10日の統一地方選前半戦で民主党は惨敗した。昨夏の参院選後、連敗続きの菅政権はいよいよ追い詰められた感があるが、菅の頭に「退陣」の2文字はない。
官房長官・枝野幸男は記者会見でこう強弁した。
「民主主義のルールに基づき首相は職責を与えられた。内閣はその職責を果たしていくことに全力をあげるのがまさに筋だ」
民主党幹事長・岡田克也は党務委員長会議で珍妙な論理を繰り広げた。「負けは負けとしても公認・推薦の数え方の基準を作った方がよい」。公認候補だけでなく推薦した無所属候補も当選に数えれば、負けが薄まるというわけだ。
これには出席者もあきれた。41道府県議選で一つも第一党を取れず、岡田のお膝元・三重県知事選も惜敗した。勝数の勘定方法を変更しても負けに変わりない。さすがに国民運動委員長・渡辺周がかみついた。
「この1年半何をやったのかと言われている。政権のレーゾンデートル(存在理由)を示さなければならないのではないか」
◆党内に諦め
それでも岡田は諦めきれず記者会見で「公認候補の当選は12増」「三重県議選は全員当選」など“言い訳”を重ねた。進退を問われるとこう言った。
「責任は感じているが、辞めるのとは違う。何かあると『責任を取れ』という議論は生産的ではない」
党内には諦めムードが蔓延(まんえん)する。党役員会で出席者が「後半戦に向けメッセージを打ち出すべきだ」と訴えると参院議員会長・輿石東は冷ややかに言った。
「それはそうだが、どんな政策を訴えるんだ?」
■「ポスト菅」絡み合う思惑
「大震災で政局がすっ飛んだと喜んだらダメだ。うまくやらないと絶体絶命になる。野党は『次の首相ならば協力できる』と言ってあんたを追い込むぞ!」
3月11日の東日本大震災発生を受け、与野党が「政治休戦」で合意してほどなく、国民新党代表・亀井静香は首相・菅直人に電話でこう忠告した。だが、東電福島第1原発の事故対応に追われていた菅にまともに聞く余裕はなく「亀井さんは未来が分かるんですか?」とぞんざいに応じた。
亀井も菅の多忙は百も承知だ。それでも電話したのは、民主党で「ポスト菅」の動きが本格化しており、その中心にいるのが党代表代行の仙谷由人だと伝え聞いたからだ。
亀井は菅を評価しているわけではない。むしろその逆だ。郵政改革法案に冷淡だし、財政規律を重視する与謝野馨の経済財政担当相への起用も許せない。
それでも仙谷の動きは看過できない。しかも仙谷の念頭にある次期首相は「原理主義」とされる民主党幹事長・岡田克也だと聞く。このまま菅が追い込まれれば、国民新党も「お払い箱」になりかねない。
そう考えての忠告だったが、菅がその重要性に気づくのはしばらく後だった。
◆「自民と組むしか」
仙谷は1月の内閣改造で官房長官を降りると自民党副総裁・大島理森に急接近した。「裏方」「強面(こわもて)」「人情家」−。共通点の多い2人は意気投合し、酒を酌み交わしながら民主、自民両党の大連立を模索するようになった。
ただ、自民党は民主党政権と徹底抗戦してきただけに大義名分もなく大連立を組めば「無節操」とのそしりは免れない。大島はきっぱりと言った。
「首相が菅のままではとても協力できない…」
そんな押し問答が続く中、仙谷は3月17日に官房副長官として首相官邸に復帰した。かねて民主党が掲げる「政治主導」に限界を感じていたが、震災後の官邸の機能不全に愕然(がくぜん)とした。「官僚を使いこなし、復興をやり遂げるにはやはり自民党と組むしかない。そのためには…」
◆「2人で会いたい」
市民活動家出身で政界にコネはない。自分勝手で癇癪(かんしゃく)持ち。信望も薄い。そんな菅が首相の座に上りつめることができたのは特異な「嗅覚」を持つからだ。不穏な空気を感じ取った菅は機先を制する動きに出た。自民党総裁・谷垣禎一との直談判である。
3月19日、菅は谷垣に電話で「2人だけで会いたい」と持ちかけ副総理兼震災復興担当相での入閣を打診した。「2人」にこだわったのは仙谷に動きを悟られたくなかったからだろう。最後は谷垣の優柔不断な応対に逆上してしまい破談となったが、菅はそう簡単にはあきらめない。
「実践的で中身のある提案をいただき感謝します」
3月30日、谷垣らが官邸を訪ね、復旧・復興に関する提言を渡すと菅はいつになくへりくだった。同時に自民党との窓口役に岡田を指名し、閣僚増員でも協力をとりつけようとした。
それでも谷垣は慎重姿勢を崩さない。党内の意見は割れており、無理にかじを切ると自らが引きずり降ろされかねないからだ。
しびれを切らした菅は4月7日、官房長官・枝野幸男らを自民党本部に遣わした。政調会長・石破茂は「震災に与党も野党もないでしょ」と丁重に対応したが、枝野らが去ると胸をなで下ろした。
「ここに菅さんが来て『協議をよろしくお願いします』なんて言ったら大変なことになったな…」
◆透ける「小沢外し」
民主党も一枚岩ではない。元代表・小沢一郎に近い勢力は菅を即刻退陣させたいが、仙谷とは距離を置く。仙谷の「菅降ろし」の先に「小沢外し」が透けてみえるからだ。
さまざまな思惑が複雑に絡み合う上、有力な「ポスト菅」も見あたらない。自民党のような派閥がないため「数合わせ」もはっきりしない。仙谷とて党内を掌握するすべはない。これが大連立が浮き沈みを続ける要因となっている。
首相補佐官・藤井裕久は菅をこう諭した。
「民主党にも自民党にも政局屋はいる。批判されるのは仕方がないが、ここで辞めると政局になる」
菅は「わかっています」とサラリと応じた。辞める気はさらさらないようにみえる。大島はあきらめ顔で周辺にこうこぼした。
「仙谷は『結婚しよう』と迫ってくるくせに新居がないどころか、『イエス・ノー枕』さえ用意していないんじゃ!」
震災から1カ月。福島第1原発の放射能漏れは続き、被災地復旧のめども立たない。政界はいつまで我欲に満ちた権力闘争を続けるつもりなのか。(敬称略)
この企画は今堀守通、水内茂幸、斉藤太郎、杉本康士、村上智博が担当しました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110412-00000083-san-pol


